雑談
雑談のページです。基本的にくそほどしょーもない雑談しかしませんが、たまに真面目な話や政治的思想についての話もしたりします。
令和7年12月8日
最近僕は、ダサいオッサンになりたいんですよね。
若さを楽しむとか本当にどうでもいいんです。僕は2ちゃんねるにいそうな感じのダサくて汚いオッサンが大好きなので僕もそうなりたいんです。
性格はもう十分オッサンだしダサいのでいいんですけど、具体的に見た目をどんな感じにしたいかというと、薄毛で、低身長で、スキンケアなど全くしていなさそうなブツブツの日に焼けた肌をしていて、顔はよくも悪くもモブ顔(具体的には、彫が浅くて薄い顔)になりたいです。
体形はすぐには変えられないしどうでもいいのであんまり気にしません。太ってても痩せてても、とにかくオタクっぽくなりたいのです。
こんな好みをしているのは僕だけでしょうし、そんな見た目になってしまっては女ウケなど狙えないのは分かっているのですが、どうしてもオッサンになりたいです。
一人になっても構わないので自分らしさを貫きたいです。僕は周りの意見なんて気にせず自分らしく自分の好きなことをして生きると決めたのです。
自慢みたいにはなりますが、僕は結構「顔はいいほうなのになんでわざわざそんなダサい格好して台無しにするの?」と女友達から言われます。でも僕はモテなくても構いません。もうこれは僕が決めたことなので誰に何を言われようと折れません。
見た目の美しさや表面的な綺麗さだけに固執する世の中に一石投じたいという気持ちからでもあります。人間臭さこそが、至高である。
令和7年12月8日
もういっちょいきましょう。これは完全に個人の感想ですが、最近の流行りが僕の好みじゃないっていう話です。
僕は別に、流行りだから嫌いだと言いたいわけではありません。流行ってるからとりあえずみんなの真似しよう、という軽率な考えの人が多すぎてなんだかなぁと思っているのです。
自分が本当に心から好きだと思えるものを探そうとは思わないのでしょうか。本当に心ときめくものを見つけられずに枯れていくなんて、もったいないとは思わないのでしょうか。
というのもあるし、ただ単に今はやっているものというか、現代の風潮が僕の好みではありません。
ダボダボすぎるファッションもそうだし、ナヨナヨと悩むのが美徳だとされる今の価値観も僕には合いません。ただそれだけの話です。
人の好みを否定する気はありませんが、もっとみんな「流行ってるから」ではなくこだわりを持てばいいのにと思います。
僕の好みを語ると、僕はファッションでいうと「休日のお父さん」といった感じの服装が好きです。
あとはアメカジとか、70年代のサイケデリックな服も好きです。最近の「とりあえずダボダボしてりゃいい」みたいなのは個人的に僕の好みではありません。やっぱりピチピチが最高です。
令和8年03月02日
少し前から言っているが、俺はもっとフレンドリーで明るくて優しい奴になりたい。
俺的には結構自分をさらけ出すというかわりとオープンに親しみやすい雰囲気を作っているつもりだが、やはりまだ堅苦しい人だと思われがちなので第三者にとっても一目見て「話しかけやすい、この人なら信頼できる」と思ってもらえるような人になりたい。
具体的に、自分を客観視したときに今の俺だと「自分の意見を言うこと」と「人の話を聞くこと」のバランスが取れていないように思う。
どういうことかというと、人が話している途中で割り込んで全く違う話を急に始めたりとか、相槌が「うん」「ああ」などワンパターンになりがちだったりするような気がする。
一言でいうなら、俺の話し方は「都合のいい時や興味のある話をしているときは周りの話をさえぎってまでグイグイ話すが、自分にとって興味のない話題になると露骨に不愛想になったり黙り込んだりしてしまう」ような話し方のように思う。
あとはこれはすぐには直らないかもしれないが、三人以上で話しているとどうしても特定の一人とばかり話してしまったりまたはほかのみんなで盛り上がっていると自分だけ入れずに黙ってしまったりなどそういうことが多い。何人で話しているときでもうまく話を回すというか、ちょうどいい距離感で話せるようになりたい。
あとは単純に俺は話し方が堅すぎる。言い切ってしまうが、もっとフランクに話したほうが好印象だ。ぶっちゃけ言うと今の俺は愛想のかけらもない。動物に例えるならハシビロコウ、臓器に例えるなら肝臓といったところだろうか。
とにかくムスッとしすぎているのでもっと角を丸くしてもいいと思う。自分と話すような感覚で書くが、俺は不愛想すぎる。そんなんじゃ友達ができなくても文句は言えない。まずは自分が変わるのだ、Kelnica。
俺の好きなミュージシャンはすごく明るい人柄だが、あの人だったらこの時どういう行動をとるだろうか、どういう発言をするだろうかと考えてみるといい。
あのお方なら今の俺みたいな不愛想な表情は絶対にしないし、人の話をさえぎるようなことも絶対しないだろう。実際どうであろうと、自分の中の理想像はあの人のイメージなのだから、せめてそこから逸れないように行動していきたいものだ。
そのためには人に合わせることも必要にはなってくるだろうが、飽くまで「自分の世界観、自分の考え方、価値観」は大事にしていきたい。人のために生きているわけではないので、飽くまで「自分のなりたい人物像に近づくために」という目的を忘れてはいけない。
人に感謝されると嬉しいかもしれないが、感謝されたりお礼をもらったりしなくても自発的に俺は変わっていかなければいけないと思う。
ということなので、普段のツイートからまずは意識して話しかけやすい雰囲気を作るようにしていこうと思う。
ちなみに見かけ的なものに関してだが、noteにはもう書いたので見た人もいるかもしれないが、一年ほどかけて考えた結果「自分のなりたい姿になること」と「若さを楽しむこと」を両立する方法を思いついた。
今まで俺は「若者らしくふるまうか、オジサンらしく振舞うか」というところでずっと迷っていたが、視点を変えて「今すぐオジサンにはなれない前提で、それじゃあどういう若者になりたいのか。量産型になって世界の背景になって静かに生きるのか、自分の『スキ』を貫いてなりたい自分になるのか」ということを考えてみた。
その結果、俺は「アメリカンなお兄さん」になりたいという結論に至った。ここでいう「アメリカンなお兄さん」とは完全に俺の中でのイメージだが、とにかく簡単な言葉にすると「自分らしさを貫く」というところに落ち着いた。
結局オジサンになろうとしたところで俺がオジサンに魅力を感じるのは「荒波を乗り越えて刻んできた皺」に魅力を感じているのであって、現在の俺が一生懸命見た目だけ繕ったところでなりたいオジサンにはなれないということに気づいたのだ。
そもそも歳なんて時間がたてば嫌でも勝手にとっていくものなのでそこまで焦る必要はないんじゃないかと思えてきた。「ガキっぽい」と言われたってそりゃ若くて経験もないんだから仕方のないことだし、ガキっぽいからといって焦ることもないんだと気づいた。
どうせいつかオッサンになるんだし、今は今しかできない「ガキっぽいバカなこと」をたくさんして今のうちにたくさん転んでおきたい。
これからの俺は本気で変わっていきたいので、ぜひとも応援してほしい。なんだかんだ色々と小難しい話をしてしまったが、結局はいつも言っている「ファンキーに生きよう」ということだ。ヨロシク。
令和8年03月03日
突然だが、俺は90年代のコンピュータに対して「儚い、かわいそうだ(時代に忘れ去られたことが)、寂しいだろうな、俺が一緒にいてあげよう」という、そういう感情を持っている。
近年の創作物における「少し不気味で幻想的なもの」ではなくて、俺にとっては「温かくてやさしい思い出」であるわけだ。
令和8年03月03日
創作について話をする。
俺は絵にしろ音楽にしろ、デッサンや理論をガチガチに勉強して”頭脳で”作るというよりもその場の思い付きやアイデアを大事にしているので「もっとデッサンとか勉強しなよ」とか「コード覚えなよ、理論勉強しなよ」と言って「レールに沿った創作をさせられる」ことが大嫌いだ。
人がそういうふうにするのは自由だが、飽くまで俺は自由な発想を大事にしたいので指図しないでほしいのだ。
俺は俺の感覚を頼りに作品を作りたいので、そこを理解できる人にだけ見ていただきたい。
やっぱり俺は俺らしく、自分なりのやり方でやっていきたいし、特に創作なんて人に指図されるもんじゃないから「コード覚えろ、デッサンしろ、理論勉強しろ」はお門違いだ。
音楽の形は特に、今俺が型にとらわれずに革新しないと新しいジャンルなんて何年たっても生まれない。俺が今の量産型ばかりの音楽に革命を起こしてやる。
令和8年03月13日
突然ですが、俺は「話し方や所作から気性の穏やかさと自他への思いやりが伝わってくるような、決して控えめなわけではなく、且つ人間臭さがあって、親しみやすくて、明るくて優しい、他人と自分の違いを「許せる」ような人」に憧れています。
今の俺を自己評価してみると、喧嘩早くて血の気が多くて、自分と違う人にはすぐ噛みつく、ハッキリ言って人の心のないケダモノです。
まず順番に変えていくべきなのは、やっぱり一番は「喧嘩早くて思想が過激なところ」です。
思想が強いことが悪いとか決してそういう意味ではなく、「過激」なところをどうにかしようというところです。例えば俺はルールを守ることにはうるさいですが、それが行き過ぎて「ルールを守らない人間はタヒね」という考えに至ってしまっているのが問題だと思うのです。
自覚できているうちはまだましかもしれませんが、本当に直していくべきだと思います。
そのためにまず自分と違う考えの人がいたとしても反論したりしないというところから始めていきたいです。
細かいところはいろいろとありますが、一番デカいのはそういうところだと思います。
「他人なんて自分のことを何もわかってくれない」という思い込みをまず捨てて、どんな人とだって絶対仲良くなれるに違いない、という意識を持つことにします。他人が見ていないようなところでも常に周りを思いやることを忘れたくないです。それは自分を下に下げるということではなく、自分の意見をいつも飲み込むということでもなく、「自分も他人も本当の意味で平等に扱う」ということです。どちらかを優遇して壁を作ること自体をやめなきゃいけないのです。
性格というか考え方を変えるにはいわゆる「役作り、キャラづくり」が大事だと思うので、まずは本心でなくともどれだけ自分的に不服なことがあっても自分は「優しい人」なんだと言い聞かせて「理想の人」になりきってみようと思います。
俺は人間、努力すればいくらでも変われると思っています。「バカは死ななきゃ治らない」なんて言いますが、絶対人間は努力さえすれば悪人にも善人にもどちらにもなり得ると思っています。
しかし自分を変えられるのは自分だけなので、なんとしてでも俺は頑張ります。もうネガティブにはなりません。「悪い自分」を更生させるために意識そのものから変えてみせます。絶対に。